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茂山千作さん死去 無心の境地 高い芸境に
- 2013/05/25 (Sat)
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130524-00000132-san-soci
「私から狂言をとったら何も残りません。舞台に立つときが一番幸せですなあ」。23日亡くなった茂山千作さんは最晩年、何度もそう話していた。言葉通り、1世紀近く狂言を演じ続けた見事な生涯だった。
狂言は今でこそ隆盛だが、千作さんが若い頃は低迷。戦前はもちろん、今から約30年前までは狂言には厳しい時代が続いた。当時は跡取りの長男以外は狂言だけでは食べられず、サラリーマンなどをしながら狂言を続けた時代だった。
戦後は父の三世千作さん、弟の千之丞(せんのじょう)さんとともに「出前狂言」を活発に行った。そのときの活動が現在の狂言ブームのきっかけになったといえる。
味わい深い風貌で、「木六駄(きろくだ)」「素袍落(すおうおとし)」など太郎冠者(かじゃ)ものを得意とし、飄逸(ひょういつ)にして重厚、品格がありながらも人間のにおいが濃厚に立ち込める芸、晩年は無心の境地で舞台をつとめ、高い芸境に達していた。
晩年の千作さんの楽しみは、ひ孫との共演。平成21年6月、京都観世会館。「業平餅(なりひらもち)」で、千作さんを筆頭に長男の千五郎さん、孫の正邦さん、当時4歳だった双子の竜正(たつまさ)君、虎真(とらまさ)君まで4世代がそろい、おめでたく華やかな舞台で、千作さんは心から幸せそうだった。
「私から狂言をとったら何も残りません。舞台に立つときが一番幸せですなあ」。23日亡くなった茂山千作さんは最晩年、何度もそう話していた。言葉通り、1世紀近く狂言を演じ続けた見事な生涯だった。
狂言は今でこそ隆盛だが、千作さんが若い頃は低迷。戦前はもちろん、今から約30年前までは狂言には厳しい時代が続いた。当時は跡取りの長男以外は狂言だけでは食べられず、サラリーマンなどをしながら狂言を続けた時代だった。
戦後は父の三世千作さん、弟の千之丞(せんのじょう)さんとともに「出前狂言」を活発に行った。そのときの活動が現在の狂言ブームのきっかけになったといえる。
味わい深い風貌で、「木六駄(きろくだ)」「素袍落(すおうおとし)」など太郎冠者(かじゃ)ものを得意とし、飄逸(ひょういつ)にして重厚、品格がありながらも人間のにおいが濃厚に立ち込める芸、晩年は無心の境地で舞台をつとめ、高い芸境に達していた。
晩年の千作さんの楽しみは、ひ孫との共演。平成21年6月、京都観世会館。「業平餅(なりひらもち)」で、千作さんを筆頭に長男の千五郎さん、孫の正邦さん、当時4歳だった双子の竜正(たつまさ)君、虎真(とらまさ)君まで4世代がそろい、おめでたく華やかな舞台で、千作さんは心から幸せそうだった。
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