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加古さん遺作 完成へ壮絶執念

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181121-00000001-maiall-soci

 「からすのパンやさん」「だるまちゃん」シリーズなど約600冊を世に送り出し、5月に亡くなった絵本作家、加古里子さん(享年92)。その遺作となる科学絵本「みずとは なんじゃ?」(小峰書店)が今月、出版された。創作の過程をたどると、息を引き取るまで完成に執念を燃やし、壮絶な最期を遂げた絵本作家の姿があった。【宇多川はるか/統合デジタル取材センター】

【加古さんの代表作などを写真特集で】

 ◇「水」へのこだわり

 「みずとは なんじゃ?」は、手や顔を洗ったり、飲んだり、食事を作るときに利用したりなど、暮らしに欠かせない水の役割を最初に紹介する。さらに、気体(水蒸気)や固体(氷)に自在に変化すること、ヒトや動植物の体を形作っていること、さまざまな物質が溶けやすく、流れやすい性質を持つ水のお陰で、動物が栄養を取り込んだり、老廃物を外へ出したりできることを説明。そして、太陽の光と熱により起きている地球の水循環にも言及し、ページをめくるたびにぐんぐん視野が広がっていく。

 しかも、それらをすべて、ひらがなと絵で語り尽くしている。

 化学メーカー大手の昭和電工で研究生活を送ってきた加古さんにとり、実験で使う「水」は長年描きたいテーマだった。加古さんを担当してきた小峰書店の編集者、小林美香子さんは「先生の水への思い入れはとても強いものでした」と振り返る。「幼い子供さんに身の回りにある不思議を感じてもらいたい」という加古さんの提案で、「水」をテーマとする科学絵本の企画がスタートした。

 ◇視野が狭くなる中で

 加古さんは50代で緑内障を発症。晩年は視野喪失との闘いだった。

 出版に向けて具体的な打ち合わせが始まったのは2016年1月。加古さんは絵本の本文原稿を数回書き直し、今年3月には絵本の「設計図」となる下絵を編集者の小林さんに手渡した。

 下絵は使用済みコピー紙の裏に、鉛筆とボールペンで描かれている。よく見ると1、2センチの無数の短い線でできている。視野が狭まり、長い線が視界に入りきらないため、短い線を継ぎ足しながら描いているのだ。

 傍らで創作活動を支え続けた加古さんの長女、鈴木万里さん(61)によると、下絵が完成した時には左目が失明し、右目も中央だけがわずかに見える状態だった。緑内障だけでなく慢性腎臓病も患い、体調悪化で椅子に座っていられない時間が増えていた。

 ◇絵の完成を断念

 編集者の小林さんとの打ち合わせもままならない。「これ以上の創作活動は難しい」。そう判断した万里さんは、絵を他の作家に任せることを小林さんに提案。自然を丹念に観察し、子供たちに伝える創作を続けていた絵本作家の鈴木まもるさん(66)に白羽の矢が立った。

 鈴木さん自身も「かわ」「地球」など加古さんの科学絵本を子供のころに読んで、育ってきた。「一緒に仕事ができるのは光栄なことです」と依頼を快諾。ふつう完成まで数カ月かけると言われるラフを1週間ほどで仕上げた。

 鈴木さんは水彩で、独自の優しいタッチにより加古さんが下絵で示した世界観を忠実に再現させた。絵に目をこらすと、細部にこれまでの加古作品に登場したキャラクターがいたり、絵の構成がベストセラーになった科学絵本の1ページと同じだったりする。数々の加古作品へのいわば「オマージュ」となっている。

 ◇寝たきりでも創作へ

 加古さんは、編集者との打ち合わせがままならなくなった後もなお、創作にかける厳しい姿勢をまったく崩さなかった。編集部に渡したメモには、

 「編集意図を明確に、限定すること」

 「水についての問題を全て述べるのは他の本に任せればよい。『幼い子のための水の本』に限定する」

 「編集部の意向はどこにあるのか、それによって展開は決まってくるもの」

などの指示や注意が赤字で書き込まれている。

 寝たきり状態となり、目を開けていられる時間も短くなる中、ベッドの上で鈴木さんのラフ・スケッチを丁寧に確認していく。植物も土の中に伸ばした根から水を吸い上げている、と説明するページには「子供に身近なタンポポも描き込んでください」と注文した。

 万里さんの手を借りながら、絵本に執念を燃やし続けた加古さん。鈴木さんのラフを最後のページまで確認し、数日後に自宅で息を引き取った。

 万里さんは言う。「寝ていても、突然『描いておきました』と言うこともあって。夢の中でも原稿を描いているようでした」

 ◇作家の原点は戦争体験

 「何とか形にしようと加古が必死の思いで向き合った作品が、できあがりました」。今月上旬、万里さんは完成した絵本を手に、しみじみと言った。「子供たちのために一冊でも多くの本を届けたい、と。そのために戦後を生き続けた人生。亡くなってもなお、こうしてみなさんに読んでいただける作品が生み出せたことは願ってもないことでしょう」

 最後まで妥協せず、創作意欲が尽きなかった加古さん。私は5年前に自宅を訪ね、お話をうかがった時、そのエネルギーの原点に触れた気がした。「からすのパンやさん」の続編4作がベストセラーになったころだ。

 このシリーズで、子ガラスたちがさまざまな困難にぶつかり、試行錯誤し、他者に助けられながら店を続ける。特に「からすのてんぷらやさん」は、火事で店が焼け、奥さんは行方不明、一人息子はけがで目が見えなくなり、主人は意気消沈……という天ぷら屋の再建を、子ガラスが励まし手伝う物語だ。東日本大震災から2年後にこの絵本を出した意味について、加古さんはこう話した。

 「戦災で家が燃えた時、よく知らない近所のおばさんが僕とおふくろを泊めてくれた。その時にいただいたおかゆが本当にありがたかった。みなが本当に困っていて、助けなくても当たり前だった時に手を貸してくれたのです。そういう助け合いで社会が成り立つことを、ただの教訓話ではなく、子供さんたち自身で学び取ってほしい」

 「おめおめと生きている」

 80代後半になっても衰えない創作意欲はどこから湧くのか。私の問いに、加古さんは言った。

 「僕も本来なら特攻隊員になって死んでいたはずです。生き残ったというより『死に残った』。軍人になりたいと判断したけれど、近視でなれなくて死にそこなった。過った判断をし、おめおめと生きている。この過ちを何とか自分で取り戻したい」

 「戦争は大人の責任だ。もう大人には貢献したくない。過ちの償いは、何の罪もない子供にしたい。そうすれば自分が生きる意味があるだろう、と。子供さんは自分の頭で考え、大人が何と言おうとおかしいことはおかしいと言って、大人を乗り越えていかないといけない。そういう力を持って未来を切り開いてほしいと、思いを託しているわけです」

 ユーモラスで温かい作風とはギャップがある力強い言葉と、よどみない口調に私は圧倒された。

 万里さんは言う。「『なぜそこまでやるのか』と周囲が思うほど最後まで現役だった。そこに戦争という時代のすさまじさを感じます。多感な時期に尊敬していた友人を含め多くの人を戦争で失い、自分も死んだかもしれない。そこから人生をどう生きようかと悩んだ末の覚悟と決心は、相当なものだったのだと思います。その精神を最後まで持ち続け、絵本を創っていたのでしょう」

 ◇新しい絵本は「大きな一歩」

 「戦後日本の児童書の一時代が終わった」。7月に川崎市で開かれた加古さんをしのぶ会で、出版会社の社長や絵本作家たちから、死を惜しむ声が続いた。

 それでも、完成した作品を見つめながら娘の万里さんは言う。「私たちは加古と同じことはできません。でも、それぞれの形で、加古が残した『次世代の子供たちのために』という思いを引き継いで、発信していきたい。新しい絵本は、その大きな一歩になると思うのです」

 「みずとは なんじゃ?」は税別1500円。読者対象は読み聞かせなら5歳から、自分で読むなら小学校低学年から。



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